子どもの絵はなぜ抽象的なのか?

つぶやきながら頭の中を整理したのをまとめておいた。

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晴海トリトンスクエアで大人から子供までの絵オープンギャラリーが行われているのだが、ふとなぜ子供の絵はあんなに抽象的なのだろうか?と思った。子供には細かく綺麗な絵を描けないのだろうか?自分が子供のころ描いた絵はどうだったか?見えている世界が大人の時とそんなに違うのだろうか?と。

大人にもたまにシュールな絵を描く人もいるが、見えている(認識している)世界が違うのか、それとも表現力が足りないのか?認識している世界を同じように描こうとしているのに表現力が足りなくて諦めているのか、それとも認識したものと同じレベルまで描けて満足した結果なのだろうか?と。

そんなことを昨日考えていたので、同じようなことを考えている人はいないのかと探してみたら、こんな話が出てきた。

http://ryuusinndo.com/art/child_real.htm

子どもは常に自分の世界を表現したいという欲求を持っている。子どもに紙と鉛筆を持たせるとすぐに絵を描き始める。絵を描かせると大人にはわからない中ば抽象的な絵が出来上がる。しかし、子どもによく聞いてみると実はとても内容がしっかりしている。子どもにとっては何を描いたのかということがしっかりしているのである。

子どもは大人と比べて認識能力がまだ低く物事を客観的にとらえることが難しい。ある部分に対して集中し、描こうとするが他の部分には注意が向かない。そのため大人の常識とはかけ離れた絵を描いてしまう。例えば壁の向こうにいる人を壁と同時に描いたりする。そうすると子どもにとっては壁の向こうにいる人を描いたのに、大人から見ると壁の中に人がいるように見えてしまう。もしくは四角形の中に人がいるように見えてしまう。

子どもの絵が大人からすると未熟に見えるのは子どもの脳内における未発達さだけではなく、体の未発達の影響もある。例えば、脳細胞の成長は平均して六歳になるころに90%となるそうだ。それに対して神経系や、筋肉や骨格の成長は青年期まで続く。そうすると6歳から12歳の間、子どもは見たり考えたり空想する能力の方が体の運動よりも成長しているため、絵の方も未熟に見えるのだ。その未熟さは認識と表現(最終的に絵に表れる段階)のずれにある。

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子どものリアリティに想像の世界との関連があることを忘れてはならない。なぜなら現実の認識は想像との違いを認識することから始まるからである。子どもは具体的な要素よりも頭の中にある世界を表現しようとする気持ちが強い。すなわち写実より抽象の要素が強いのである。

なぜ抽象の要素が強いかというと子供はリアリティーをもって世界を眺めるのだが知らない言葉が多すぎるのである。例えば大人は一匹一匹の犬に個性があり違う存在なのだと口で言われればわかるのだが、それを犬という言葉でまとめてしまうのである。大人になると物事の現象をある言葉で説明して終わりにしてしまう傾向にある。ゆっくりと観察したり見たもの描こうという欲求が減るのである。

こういうことを考えてくると、子どもというのは知らないがゆえに世界を真剣に眺め、表現しようとしている。「知ったように」世界を処理しようとしない。自分の触れる事のできる感覚に直そうとし、つかめる形態に加工して世界を何とか理解しようとしている。

とても納得した。と同時によくよく考えたら、絵を描く、という行為そのものが結局は見えているもの全てを描くのではなく、多かれ少なかれ何らかの情報を枌落として、自分の描きたい世界を描く抽象的なものじゃないかということに気づいた。